取引事例比較法

取引事例比較法の意義

取引事例比較法は、価格の三面性のうち【市場性】からアプローチする手法で、不動産鑑定評価基準には次のように定義されています。

取引事例比較法は、まず多数の取引事例を収集して適切な事例の選択を行い、これらに係る取引価格に必要に応じて事情補正及び時点修正を行い、かつ、地域要因の比較及び個別的要因の比較を行って求められた価格を比較考量し、これによって対象不動産の試算価格を求める手法である(この手法による試算価格を比準価格という。)。

不動産鑑定評価基準 総論第7章Ⅲ1

意義の解説

大まかな構成は次の通りです。
収集した取引事例に各種補正を行って対象不動産の価格を試算します。

取引事例比較法

事例収集・選択

資料の収集

事例の収集

取引事例比較法は、市場において発生した取引事例を価格判定の基礎とするものであるので、多数の取引事例を収集することが必要である。

不動産鑑定評価基準 総論第7章Ⅲ2

豊富に収集された取引事例の分析検討は、個別の取引に内在する特殊な事情を排除し、時点修正率を把握し、及び価格形成要因の対象不動産の価格への影響の程度を知る上で欠くことのできないものである。

不動産鑑定評価基準運用上の留意事項

以上のように事例の収集は、価格判定の基礎となるばかりではなく、①個別取引に内在する特殊事情の廃除②時点修正率の把握③価格形成要因の影響を把握という意味においても有用です。

事例の選択

取引事例は、原則として近隣地域又は同一需給圏内の類似地域に存する不動産に係るもののうちから選択するものとし、必要やむを得ない場合には近隣地域の周辺の地域に存する不動産に係るもののうちから、対象不動産の最有効使用が標準的使用と異なる場合等には、同一需給圏内の代替競争不動産に係るもののうちから選択するものとするほか、次の要件の全部を備えなければならない。

不動産鑑定評価基準 総論第7章Ⅲ2

取引事例比較法において取引事例選択は非常に重要です。
なぜなら取引事例は実際に市場で発生した取引価格であり、市場価格の基礎となるものだからです。

特に、選択された取引事例は、取引事例比較法を適用して比準価格を求める場合の基礎資料となるものであり、収集された取引事例の信頼度は比準価格の精度を左右するものである。

不動産鑑定評価基準運用上の留意事項

鑑定評価基準では次の要件の全部を備えた事例を選択することとされています。

事例適格4要件

①近隣地域または類似地域若しくは周辺の地域等に存在するもの
②取引事情が正常なもの又は正常に補正ができるもの
③時点修正が可能なもの
④地域要因及び個別的要因の比較が可能なもの

また、不動産はその個別性から、種類ごとに価格形成要因が異なるので、適切な事例として採用できるのは同種別・同類型の事例になります。
ただし、対象不動産と同類型の不動産を内包している場合には、次の配分法を適用して事例資料を得ることができます。

配分法

建付地3

取引事例が対象不動産と同類型の不動産の部分を内包して複合的に構成されている異類型の不動産に係る場合においては、当該取引事例の取引価格から対象不動産と同類型の不動産以外の部分の価格が取引価格等により判明しているときは、その価格を控除し、又は当該取引事例について各構成部分の価格の割合が取引価格、新規投資等により判明しているときは、当該事例の取引価格に対象不動産と同類型の不動産の部分に係る構成割合を乗じて、対象不動産の類型に係る事例資料を求めるものとする(この方法を配分法という。)。

不動産鑑定評価基準 総論第7章Ⅲ2

事情補正

事情補正

取引事例が特殊な事情を含み、これが当該事例に係る取引価格に影響していると認められるときは、適切な補正を行い・・・(以下、略)

不動産鑑定評価基準 総論第7章Ⅲ2

取引事例は実際に市場で成立したものですが、中には買い進みや売り急ぎ、隣地売買といった事例も含まれます。
そこでこれらの事情が存在する場合には、適切に補正ができる場合のみ採用することができます。

留意事項では次の事情が例示されています。

ア 補正に当たり減額すべき特殊な事情
(ア)営業上の場所的限定等特殊な使用方法を前提として取引が行われたとき。
(イ)極端な供給不足、先行きに対する過度に楽観的な見通し等特異な市場条件の下に取引が行われたとき。
(ウ)業者又は系列会社間における中間利益の取得を目的として取引が行われたとき。
(エ)買手が不動産に関し明らかに知識や情報が不足している状態において過大な額で取引が行われたとき。
(オ)取引価格に売買代金の割賦払いによる金利相当額、立退料、離作料等の土地の対価以外のものが含まれて取引が行われたとき。

イ 補正に当たり増額すべき特殊な事情
(ア)売主が不動産に関し明らかに知識や情報が不足している状態において、過少な額で取引が行われたとき。
(イ)相続、転勤等により売り急いで取引が行われたとき。

ウ 補正に当たり減額又は増額すべき特殊な事情
(ア)金融逼迫、倒産時における法人間の恩恵的な取引又は知人、親族間等人間関係による恩恵的な取引が行われたとき。
(イ)不相応な造成費、修繕費等を考慮して取引が行われたとき。
(ウ)調停、清算、競売、公売等において価格が成立したとき。

不動産鑑定評価基準運用上の留意事項

時点修正

価格時点

取引事例に係る取引の時点が価格時点と異なることにより、その間に価格水準の変動があると認められるときは、当該事例の価格を価格時点の価格に修正しなければならない。

不動産鑑定評価基準 総論第7章Ⅲ2

不動産の価格は常に変動しているものであるため、取引事例の価格を価格時点の価格に修正する必要があります。

時点修正の方法は不動産鑑定評価基準及び留意事項に次のように定められています。

時点修正に当たっては、事例に係る不動産の存する用途的地域又は当該地域と相似の価格変動過程を経たと認められる類似の地域における土地又は建物の価格の変動率を求め、これにより取引価格を修正すべきである。

不動産鑑定評価基準 総論第7章Ⅲ2

ア 時点修正率は、価格時点以前に発生した多数の取引事例について時系列的な分析を行い、さらに国民所得の動向、財政事情及び金融情勢、公共投資の動向、建築着工の動向、不動産取引の推移等の社会的及び経済的要因の変化、土地利用の規制、税制等の行政的要因の変化等の一般的要因の動向を総合的に勘案して求めるべきである。

イ 時点修正率は原則として前記アにより求めるが、地価公示、都道府県地価調査等の資料を活用するとともに、適切な取引事例が乏しい場合には、売り希望価格、買い希望価格等の動向及び市場の需給の動向等に関する諸資料を参考として用いることができるものとする。

不動産鑑定評価基準運用上の留意事項

地域要因の比較

取引価格は、取引事例に係る不動産の存する用途的地域の地域要因及び当該不動産の個別的要因を反映しているものであるから、取引事例に係る不動産が同一需給圏内の類似地域等に存するもの又は同一需給圏内の代替競争不動産である場合においては、近隣地域と当該事例に係る不動産の存する地域との地域要因の比較及び対象不動産と当該事例に係る不動産との個別的要因の比較を、取引事例に係る不動産が近隣地域に存するものである場合においては、対象不動産と当該事例に係る不動産との個別的要因の比較をそれぞれ行うものとする。

不動産鑑定評価基準 総論第7章Ⅲ2

個別不動産の価格は、その属する地域の価格水準の中で形成されます。
したがって、まずは「対象不動産の存する地域」と「取引事例の存する地域の要因」を比較する必要があります。

個別的要因の比較


まったく同じ不動産は存在しません。
例えば、不整形地であったり、角地であったり、間口が狭かったり等このような要因を個別的要因と呼びます。
取引事例と対象不動産の個別的要因を比較して比準価格を求めます。

標準的な土地を設定して行う方法

また、このほか地域要因及び個別的要因の比較については、それぞれの地域における個別的要因が標準的な土地を設定して行う方法がある。

不動産鑑定評価基準 総論第7章Ⅲ2

基準上「また」書きですが、実務上はこの方法が主役です。

どのような方法なのか簡潔にご紹介します。

標準化補正


前提:事例Aが存する地域(類似地域等)と対象不動産が存する地域(近隣地域)それぞれに標準的な土地(標準地)を設定します。

  • 類似地域等において事例Aを標準的な土地価格に補正します。(=標準化補正)
  • 類似地域等の標準地と近隣地域の標準地で地域要因の比較をします。(=地域要因の比較)
  • 近隣地域の標準地と対象地で個別的要因の比較をします。(=個別的要因の比較)

メリット
・標準的な土地を設定することにより、比較の局面を分けて各局面を単純化し、比較の精度を高めることができます。
(事例Aと対象地を直接比較するよりも客観的であり、説明性が高いといえます。)

・計算過程で近隣地域の標準的な価格を把握できます。

比準価格

上記手順を経て得た試算価格を比準価格といいます。

取引事例比較法


比準価格は価格の三面性のうち、「市場性」からアプローチした価格です。

適用する場面

取引事例比較法は、近隣地域若しくは同一需給圏内の類似地域等において対象不動産と類似の不動産の取引が行われている場合又は同一需給圏内の代替競争不動産の取引が行われている場合に有効である。

(不動産鑑定評価基準 第7章Ⅲ1)

取引事例比較法は「価格の三面性」のうち市場性からアプローチする実証的な手法ですが、実務上、複合不動産の場合には適用が困難であるのが一般的です。
※複合不動産の取引事例比較法は研究されていますが、未だ一般的ではありません。

ただし、区分所有建物及びその敷地(≒マンション)の場合には、適用されています。

区分所有建物及びその敷地の場合の取引事例比較法

「区分所有建物及びその敷地」を評価する場合には次のような流れになります。
(分譲マンションの1室を評価する場合を例にしています)

マンション(1室)の取引事例を収集する

マンションの取引事例を収集します。

STEP
1

事情補正及び時点修正を行う

事情補正及び時点修正は前述の通りです。

STEP
2

地域要因の比較を行う

対象不動産のマンションの存する地域と事例不動産のマンションの存する地域の地域要因の比較を行います。

STEP
3

マンション全体の個別的要因の比較を行う

マンション全体の個別的要因(建物築年、グレード等)の比較を行います

STEP
4

専有部分(対象不動産)の個別的要因の比較を行う

専有部分の個別的要因(方位、階層等)の比較を行います

STEP
5

不動産鑑定のお問い合わせ

不動産の価格または賃料でお困りの際は下記からお気軽にご相談ください。
当日または翌日中にメールで御連絡をいたします。